Seunghoon Choi

AIは囲碁では勝ったのに、なぜ溶接はまだ難しいのか:人間は止まり、機械は繰り返す

人間は少ない手がかりから危険を察して止まる。機械はたくさん繰り返し、スコアを比べながら学ぶ。

目次

自動車のボディを挟んで産業用ロボットが作業する工場

囲碁AIはルールが固定された空間で学べるが、工場ではリスクと責任を点数だけで整理できない。

囲碁で人間の最強棋士に勝ったAIの話が出るたびに、人はよく似た質問をします。「ここまで来たら、もうすぐ人の仕事は全部持っていかれるんじゃないか?」しかし、現場では事情が違います。囲碁では勝ったのに、溶接はまだ簡単ではない。コーディングの問題は解くのに、古い配管のそばで火花を散らす溶接を、人のように安定してこなすことはできません。この違いは、単にどちらが難しいかという問題ではありません。もっと根本的な違いは、人間と機械の学び方にあります。人間は少ない経験からでも原因を察し、危なければ止まります。一方、いまのAIは何度も試し、結果を比べ、評価が高くなる方向を探すのが得意です。

囲碁は機械が学びやすい世界だ

囲碁盤の上では、石を一つ間違って置いても世界は壊れません。一局負けたら、また打てばいい。結果もすぐ出ます。勝ったか負けたか、何目差なのか、すぐにわかります。

AIが学ぶには、ほぼ完璧な条件です。何度も試して、間違えて、また直せばいい。人が数局打つあいだに、機械は自分自身と数百万局を打てます。失敗が安く、結果が速く、反復が無限にできるのです。

強化学習も、かみくだいて言えばこの仕組みです。たくさんやってみて、よい選択は残し、悪い選択は減らしながら、少しずつよくなっていくやり方です。囲碁のようにコンピュータの中で無限に回せる問題では、AIは一気に強くなります。

これは囲碁が簡単だからではありません。囲碁は人間にとっても非常に難しいゲームです。ただ機械の立場からすると、失敗がほぼタダの世界なのです。AIはその中で思いきり間違え、間違えるたびに学びます。

溶接は機械が思いきり間違えられない世界だ

溶接は違います。一度やってみるだけでもコストがかかります。材料が要り、装備が要り、時間が要る。間違って溶かした金属は、囲碁盤のように初期化し直すことはできません。

もっと大きな問題は危険です。溶接では、失敗が単なる不正解で終わりません。不良溶接は事故につながりかねない。見た目は問題なさそうでも内部に欠陥が隠れていることがあり、その欠陥が数か月後にようやく表に出ることもあります。

そうなると、機械の好きな学習の仕組みが崩れます。たくさん試さないと学べないのに、たくさん失敗するわけにはいかない。すぐ結果がわからないと直せないのに、結果が遅れて出たり、一部しか見えなかったりする。いちばん大事な失敗データは、危険なのでわざと作ることもできません。

囲碁では、間違った手を百万回打ってもかまいません。溶接では、間違った溶接を百万回作ることはできない。だから実際の設備を扱う自動化は、文書、コード、ログを確認して何度も直せる自動化より遅いのです。

人間は少ない手がかりから原因を察する

熟練者は百万回失敗して学ぶわけではありません。もちろん長くやって、多くを経験する必要はあります。けれど人間の強みは、あらゆる場合をすべて経験することにはありません。少ない手がかりから原因を察し、似た状況を思い出し、危なそうなら止まれることにあります。

たとえば溶接工は、音、におい、火花の形、手に伝わる震えを同時に見ています。何かいつもと違えば、正確な数値はわからなくても、とりあえず用心する。「これは危なそうだ」と判断し、速度を落としたり作業を止めたりします。

これは神秘的な直感ではありません。人間は現実世界で体を通して学びます。火は熱い、金属は曲がる、装備は古びる、人はミスをする、という基本の感覚をすでに持っています。だから初めて見る状況でも、過去の経験を引っぱり出して、おおよその原因を立てて行動できるのです。

人間は完璧なデータがなくても仮説を立てます。この音は温度の問題かもしれない。この震えは固定がゆるんだ合図かもしれない。このにおいは材料が変わったしるしかもしれない。当たることもあれば外れることもあるけれど、少なくとも危険の前で止まれます。

機械はたくさん見たパターンをスコアで学ぶ

一方、いまのAIはおおむね、たくさん見たパターンに強い。写真をたくさん見れば写真をうまく分類し、文章をたくさん見れば次の文章をうまく予測し、ゲームをたくさん回せば勝てる選択をうまく見つけます。強みははっきりしています。人が一生かけても見られない量を見て、人が一生かけてもやれない回数を繰り返すのです。

ただ、このやり方には条件が要ります。試せること、結果を測れること、何がよい結果なのかをスコアで与えられること。囲碁はこの条件によく合います。溶接は、あまり合いません。

現実の作業では、目標が単純ではありません。見た目のよい溶接ならいい、というわけではない。いまは問題なさそうでも、数か月後に割れたら失敗です。速く終えることも大事ですが、安全と耐久性とコストも一緒に見なければなりません。これらすべてを一度にスコアにするのは難しいのです。

だから機械は、平均的な状況では強くなれます。よく出てくる条件、頻繁に繰り返される作業、結果がすぐ見える仕事は速く学びます。けれど、まれな事故の直前の合図、モデルの外の例外的な状況、スコアにしづらい危険の判断では、弱点が残ります。

AIは囲碁では勝ったのに、なぜ溶接はまだ難しいのか:人間は止まり、機械は繰り返す

機械が何度も試すほど、人は試行を止める条件をより明確に決める必要がある。

デジタルツインは機械に安全に試せる場をつくる

ここでデジタルツインが重要になります。デジタルツインとは、現実の工場、装備、材料、作業条件を、仮想空間にできるだけ近く再現したものです。現実で失敗すると高くつきますが、仮想世界なら同じ失敗をずっと安く繰り返せます。

AIはその仮想世界の中で何度も試します。温度、速度、角度、圧力、材料の条件を変えながら失敗し、また直し、より良いやり方を探します。そうして見つけたやり方を、いきなり現場全体へ広げるのではなく、まず実際の装備一台で試します。

その一台で成功すれば、また新しいデータが積み上がります。仮想世界と現実のあいだでどこが違ったのかを直し、より信頼できる条件を探す。それから同じ装備、同じ工程、似た現場へと広げていく。一か所で検証されたやり方を、別の場所へ展開していくのです。

このやり方は強力です。人間一人が一生かけても経験できない場合の数を、AIは仮想世界の中でずっと多く経験できます。だからデジタルツインが精巧になり、センサーが密になれば、多くの現実の作業でも、AIが人より得意な領域が生まれる可能性は大きいのです。

それでも仮想世界は現実とまったく同じではない

ただ、ここにも限界があります。仮想世界は現実を完全にはコピーできません。材料の細かな違い、古い装備の癖、作業場の湿度、人の小さなミス、例外的な故障のように、現実にはモデルへ入っていないものが次々と出てきます。

AIが仮想世界でどれだけうまくやっても、現実と仮想がずれる地点では、もう一度検証が必要です。仮想で成功したやり方が、現実でも安全かを確かめなければならない。実際の装備一台でやってみて、問題がなければ、その次に広げていくのです。

ここに機械学習の強みと限界が一緒にあります。機械は、たくさん繰り返せる世界では恐ろしく強くなる。けれど、その世界が現実を間違って似せていたら、間違った練習をたくさんしたことになります。たくさん学んだという事実より、何を相手に学んだかが大事なのです。

人間と機械は間違え方が違う

人間も間違えます。熟練者だって思いちがいをし、疲れればミスをし、慣れのせいで危険の合図を見落とすことがある。人間を神格化する必要はありません。

けれど人間と機械は、間違え方が違います。人間は少ない手がかりから、あまりに早く結論を出して間違えることがある。逆に機械は、たくさん見たパターンの中では強いのに、訓練した世界の外へ出ると、おかしな確信を持つことがあります。

人間はわからないと不安になります。だから止まったり、聞いたり、周りの状況をもう一度見たりする。機械は、いまが見慣れない状況なのかどうかさえわからないことがある。スコアとパターンがそれらしければ、実際には危険な状況でも答えを出してしまうのです。

だから現実の自動化では、性能だけを見てはいけません。いつ得意なのか、いつわからないのか、いつ止まるべきなのかを一緒に見なければならない。AIが溶接をうまくこなす日が来たとしても、そのAIがどんな条件で学び、どこまで信じてよいのかは、ずっと確かめ続ける必要があります。

これから高く評価されるのは、二つの学び方をつなぐ人だ

では、熟練者は安全でしょうか。永遠に安全だとは言いにくい。指先の感覚がデータに移され、デジタルツインが精巧になり、実際の検証を繰り返せるようになれば、自動化はその領域にも入ってきます。だからこれから高く評価されるのは、単に指先の感覚がよい人ではありません。その感覚をデータへ翻訳できる人です。現場を知り、どのセンサーが必要か、どの失敗を記録すべきか、どの記録が学習データになるかを判断できる人です。

この人は、人間の学び方と機械の学び方をつなぎます。人間は少ない手がかりから原因を察し、危なければ止まる。機械はたくさん繰り返し、スコアを比べながら強くなる。二つのやり方は違っていて、どちらにも長所と短所があります。

AIは囲碁では勝ったのに、溶接はまだ難しい。囲碁は機械が思いきり間違えられる世界で、溶接は失敗するたびにコストがつく現実世界だからです。

けれどデジタルツインとセンサーと実際の検証がかみ合えば、話は変わります。AIは仮想世界で無限に繰り返し、実際の装備一台で確認し、成功したやり方を別の現場へ広げていけるのです。

だから問いは「AIは人より賢いのか」ではありません。誰が、人間が少ない手がかりで身につけた感覚を、機械が繰り返し学べる仕組みに変えるのか。それをやり遂げる人が、次の時代に高く評価されます。